『源氏物語:第一巻 桐壺~若紫』 玉上琢彌訳(角川ソフィア文庫)
今村 芙美子皆で源氏物語のにほいだけでも嗅ぎたいとこの本に決めたが、原本は注釈が少なく、最近になって、同じ角川のビギナークラシックの源氏物語があるのに気付きました。帚(ははき)木(ぎ)の巻の雨夜の品定めは女性論が綴っていましたがチンプンカンプンで、私は昔の出版の注釈の多い本で、空蝉の巻から読みました。空蝉という女に自分を紫式部を投影させているという説があると聞いていたような気がしましたら、やに女性描写が詳しくてはっとしました。……頭つきほそやかにちひさき人のものげなき姿ぞしたる。手つき痩せ痩せにていたうひき隠しためり……目すこし腫れたるここちして鼻などもあざやかなるところなうねびれて、にほはしきところ見えず。わろきによれる容貌(かたち)をいといたうもてつける。このまされる人よりは心あらむと……源氏が空蝉が義理の娘と碁を打つ姿を覗いて、決して美人ではないが、心ばえで人をひきつける人だと源氏が思ったようだ。読者は紫式部ってこんな人かと親しみを感じられる。源氏に不意を襲われたので、再度過ちをされまいと源氏から徹底的に逃げ切り、蝉の脱け殻のような小(こ)袿(うちぎ)を残して姿を消す。「若紫」の巻は、源氏の恋い焦がれる藤壺の女御に似ている、祖母と暮らす美しい少女に出会う。源氏はいつものように自分の思いを押し通し、祖母に若君(少女)を引き取りたいと話し、祖母を驚かす。若君の囲りの人の不審をはね返し、交渉は長引く。そして祖母が死んだ矢先、二条の院に寝ている若君を力づくで連れて来る。藤壺のような女性に育てると、これこそ残酷だ。さてこの巻の中程で、源氏と藤壺の密通、藤壺の懐妊、父帝への裏切りが1ページ位語られ、読者はアレッと驚き、息を飲む。ここが源氏物語の始まりになる入り口であり、後十分の九はこの出発点から進んで行く。
(2010年 9月号)