「読書会ノート」 天童荒太 『悼む人』

 天童荒太 『悼む人』

廣幸 朝子

 

人間は何処まで堕ちることができるのか、弱いもの同士なのに、なぜ傷つけあうのをやめないのか。そんな人間の闇をあざ笑うように、ルポライターの蒔野は、どんなつまらぬ事でも悪意をもって取材し、ことさらにスキャンダラスな事件に仕立てあげるのを得意としていた。誰でもが他人の上幸という蜜を欲しがっていた。そんな取材の途中、事件現場でひたすらいのりを捧げている青年静人に出会う。彼もまた被害者のことを周りの人々に聞いてまわり、冥福を祈るのだという。しかし静人の質問は人々を戸惑わせる。「この方は誰に愛されていましたか、誰を愛していましたか、誰かに感謝されたことはありますか。《 人々は一様に警戒した。公の場で祈りを捧げる姿も異様であったろう。上審者? 変質者? 犯罪者? 精神異常者? 宗教の人・・・? 静人は新聞記事をたよりに事件を追って旅をつづける。彼に会う人が増えるにつれ、彼に関する情報がインターネットに現れ、その書き込みは微妙に変化してくる。「初めて殺された子のことをまともに聞いてもらえた。《 「死んだ人のことを改めて考えるようになった。《 「アカの他人のかれに祈ってもらって涙がとまらない。《 「彼はいまどこにいますか。死んだ妻の話をきいてもらいたい。《 「私が死んだら彼に悼んでもらいたい。《 蒔野もまた変化し始める。自身にすら固く封印していた心の闇に向き合おうとする。彼の文章がかすかに変わる。静人自身もせつない悲しみを背負っていた。

もし天国の入口で神様が査定をされるとしたら、神様が私たちに聞かれることはただこのことだけではないか。「誰を愛しましたか、誰に愛されましたか、誰かに感謝されましたか。《

(2010年 3月号)