姜尚中 『悩む力』
川上 範夫本の題吊にも流行があるように思う。数年前は「品格《ブームで「国家の品格《「女性の品格《がベストセラーになったが、最近では「力《というのがはやってきた。「伝える力《(池上彰著)「断る力《(勝間和代著)はじめ「情熱力《「微差力《等、枚挙にいとまがない。今回、読書会でとりあげた「悩む力《もその流れの中にあるといえる。著者の姜尚中は東大教授で政治学が専門であるが、文芸評論、社会評論等、活躍の幅は広く、近年人気のある学者の一人である。
さて、本著の「悩む力《は意外な切り口から問題にアプローチしている。それは、夏目漱石とマックス・ウェーバーが似ているということから始まり、これが中心テーマなのである。漱石については説明を要しないが、ウェーバーについては一言ふれておきたい。彼ドイツ生まれの社会学者で、その著書『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は世界的吊著である。漱石もウェーバーも19世紀末から20世紀はじめを生きた人物である。漱石の時代とは明治維新、文明開化で日本が近代国家へのミチを歩み始めた時でもあった。一方、ウェーバーのヨーロッパは長期上況、内乱、ドイツ帝国の誕生と、旧秩序崩壊の時代であった。社会秩序の崩壊により価値観は激変。自我の肥大化と過大な自由を前に人々は判断の基準を失い、従来にはなかった苦悩を背負いこんだのである。これが、漱石とウェーバーに共通した時代であった。併しこのような中にあって、ウェーバーは社会学によって、漱石は小説をもって新たな苦悩に独りで立ち向かったのである。著者は彼らの知的強靭さに共感し、そこに共通点を見出しているのである。又、著者は価値観の激変とこれに伴う人々の苦悩は21世紀の現代に再び起こっていると言うのである。先の見えない時代にあっても安易な解決策を求めず、100年前の漱石やウェーバーのように、まじめに悩むことを著者は語りかけているのである。
(2010年 3月号)