鎌田 實著『がんばらない』『あきらめない』
石田常美1974年25才の青年医師が茅野駅に降り立った。赴任先の茅野中央病院とタクシーの運転手に告げても怪訝な顔をされた。それほどさびれた病院でまさに潰れかけていた。内科と外科だけ、医療器具は何も無く、ただ4人の優秀な医師がいた。その内の2~3人はかって、東大闘争などに関っていて、逮捕歴の持ち主だった。それから四半世紀さまざまな紆余曲折を繰り返しながら医師たちは地域で学び地域に溶け込みちょっと変わった病院として発展をとげる。1988年著者は院長に就任するが、薬で治すというだけでは無い医療もある、意識改革をしながら、自分達の生活をもう一回見直していくことで健康を回復していく医療もある、というポリシーのもとに今では日本有数の長寿地域でありながら、医療費が低い、魔法の病院とマスコミでいわれるまでになり、地域医療のモデル病院として注目を集めている。ここにいたるプロセスが患者とのふれあいやこの上なく美しい死、自身の生い立ち、そして肉親への愛と別れを幾つも織り交ぜながら描かれている。温かい、実に温かい、まさしく患者の立場に立った医療現場の雰囲気がひしひしと伝わってくる。
著者は『がんばらない』は今、元気にがんばり続けている人に命のことや人生の意味について考えてもらう為に、そしてその続編である『あきらめない』は苦難の中にいて治らない病気に苦しんでいる人、人生の意味が見えなくなっている人、生きる元気を失いかけている人、死を直視している人、疲れている人、自分の居場所がなくなっている人にも読んでもらう為に書いたと述べている。相矛盾するようにも感じられる二つのタイトルの本が二冊、相まって私には、命の歌を歌っているように感じられた。こんな人たちが居る、こんな優しい病院があるということがとても嬉しかった。
最後に『あきらめない』の最後の部分からここに心にのこる美しい一場面を紹介させて頂きたい。
人間は年をとっていく、どんな人間も確実に。残された時間の少なさに気が付いた著者の友人がバイクによる五大陸横断に挑戦中、80歳位の老ライダーとすれ違った。美しく輝いていた。かっこよかった。「まるで少年のようだ」と声をかけると「少年になるまで80年もかかってしまった」という答えが返ってきたという。これを聞いた著者の心に自分の中に少年の部分がどれだけ残っているかという思いが去来する。そして著者は「少年に戻る日を僕は密かにカウントダウンしはじめている。僕はあきらめない」と結んでいる。
(2003年 9月号)