大江健三郎 『「自分の木」の下で』
仲吉智子永い小説家の生活で初めて子ども向けの文章を書いたと著者が言っているように、対象は、小学校上級から、高校までと、バラツキのある本になっていますが、『生きる』ことへの願いが、大江氏独特の文章で展開していきます。「きみは大人になっても、いま、きみのなかにあるものを持ち続けることになるよ!勉強したり、経験をつんだりして、それを伸ばしてゆくだけだ。いまのきみは、大人のきみに続いている。それはきみの背後の過去の人たちと、大人になったきみの前方の未来の人たちをつなぐことでもある。」と。人は自分一人で生きているのではないことを知ってほしいということなのでしょうか。
又、歴史教科書に対して著者の思想がはっきり打ち出されていることに対しては、反対の意見も出されました。批判的に解釈すれば、朝日新聞的で、憲法によって戦争放棄の国にしたいと結論だけ出してきては、どんな影響があるか心配という声も出ました。
さて、「自分の木」の下でという本の題を不思議に思われた方もいるでしょう。これは、大江氏の育った四国に伝わる話を幼い頃に祖母から聞かされた話のひとつで、人はそれぞれ森の高みに自分の木をもち、その根方(ねかた)―根もと―から来て、又根方にかえるという話です。余談ですが、二十年前に、ある学会の基調講演で大江氏が、沖縄の森林を聖なる所とする御獄(ウタキ)の存在と、故郷四国の森に対する考え方が、よく似ていると語っておられました。その後、あの大作「燃え上がる緑の木」の三部作を、書き上げることになります。
最後に一言、大江ゆかり氏の画にふれておきます。本の中の画を見ているだけでも楽しく時間が過ごせるでしょう。一度、本を手に取って開いてみてください。
(2002年 7月号)