民数記 11:24ー30
はじめに
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。75年の時の経過に想う
武蔵野教会の伝道75年記念の機会にお招き頂いたことを感謝します。こうして先生方のいわば揃い踏みの時には、必ず共にいて下さった青山四郎先生の姿を見ることができなくなったのは、寂しいことです。私自身が当時青山先生が牧しておられたこの教会にお世話になったのは、1949年神学校に入学した時からです。従ってそれからもう50年以上を経過したことになります。この間に多くの心に親しい人々をみ国に送るようになってしまいましたが、それでもなお多くの、その当時からの方々がいてくださるのは、たいへん心強いことであります。しかし、75年というのは今日では一人の人の人生の長さとしても、それくらいは不思議でないのですから、一つの通過点にすぎません。まだまだ将来のことを思って進んでゆかなくてはならないのです。私は現在京都と奈良の間に住んでいますが、先だって奈良の薬師寺を訪ねる機会がありました。薬師寺には二つの五重の塔が建っていることで有名ですが、長い間片方の塔しか残っていませんでした。それが昭和の何年頃ですか、新しい塔が建てられて一対の塔が復元しました。もう残り少ない宮大工の棟梁が苦労して建てたといいます。しかし、出来上がって見ると、本来二つの塔は同じ大きさで向き合っているはずなのに、新しいものは少し大きく見える。実際一メートル何十センチか高くなっているそうで、見た目にもそれと分かる位です。人々がそれを指摘すると、棟梁は木材は歳を経ると縮むので、百年はど経ったらちょうど良くなるように計算してあると答えたそうです。私たちも目前のことだけでなく、長い見通し、広い展望をもって教会の歩みを考えて行きたいと思います。
主の民すべてが預言者に
歴史の一こま一こまと共に、それを形作るその時々のひとりひとりの働きも大切です。今日の旧約の日課の箇所、民数記11章には、出エジプトの民を導いたモーセが人々の嘆きや反発に悩まされたことが記されています。神さまの約束に導かれて新しい歩みを踏み出した人々でしたが、目前の食料や渇きなど生活の心配はつい不平や不満を呼び起こしました。そこで神さまは長老たちにも霊を与えて、モーセと共に民の重荷を負うことができるようにしてくださいました。長老たちは、ずっと続いたわけではなかったかもしれませんが、少なくとも一時的には、モーセと同じように主のみ言葉を預かって伝える、いわゆる預言状態になったのです。その素晴らしい出来事の場に、まだ宿営の中にいて神の幕屋に集っていなかった二人の長老にまでも、同じ賜物が与えられました。同じ場所に居合わせず、同じ体験をしたわけでない人たちを区別しようとしたのか、モーセ大事と思ったからか、ヨシュアはその人たちが預言するのを止めさせてくださいとモーセに願いました。しかし神さまの働きを、人間の側の体験で制約することはできません。モーセはむしろ、主が霊を授けて、主の民すべてが預言者になればよいと思っていると、答えました。多くの人が、そして理想的にはすべての民が、みことばを受け、伝え、それによって歩もうとすることが大事です。それはちょうどルターが、福音が伝えられるのに、説教や聖礼典と共に、兄弟相互の会話や慰めを挙げていることにも通じると言えるでしょう。そしてそのように神のことばが語り合われ、伝え合われるところに、主の民があるのです。ヘルマスの幻~「エクレシア(教会)」
二世紀の初め、ローマで活躍したヘルマスという人がいました。解放奴隷であって、商人として成功したのですが、迫害によって全財産を失い、しかしかえって家族全員と共に悔い改めて主を信じるようになったと伝えられています。彼は「ヘルマスの牧者」という黙示文学に属する文書を残しましたが、ある地方では一時期、聖書と同じように大切にされた書物です。その中にしるされた幻の中にこういうものがあります。ヘルマスがある時に、一人の老婦人に出合います。ひどく歳をとっていて、やっと椅子で身を支えているような状態でしたが、ヘルマスに対して手にした一冊の小さな書物を読み聞かせます。彼はそれに心を刺され、また力づけられました。一年はど経って、彼はまた同じ婦人に出会います。彼女は幾分若く見え、手にした書物を書き写すように貸してくれます。さらに一年経って、彼は一段と若々しく元気に満ちた彼女に出会います。だんだん歳をとって行くのでなく、反対に次第に若くなったように見えるのです。あれはいったい、誰なのかと尋ねると、「エクレシア」一教会だと告げられます。つまり教会の象徴です。手にしていて、ヘルマスに語ってくれた言葉は聖書にほかなりません。すべてに先立って創造されたのだから大変な老齢だというわけです。しかもこれに向き合うヘルマスが、神の言葉を受けて、自分の信仰がかき立てられてくると、その婦人もまたそれに応じて若々しく生気に満ちたものとして現れるのです。
それが私たちと教会の関係であります。教会は私たちが見たり、注文をっけたり、あるいはひたすら依存的になったりする対象としてあるだけでなく、実に自分もその一員であって、それを生気に満ちたものとするもしないも、自分のみことばへの態度が大きく関わっているということになります。75年の歴史を土台に、いよいよ生気に満ちた教会となってゆくように、私たち自身も加わってゆかなくてはなりません。そして、福音が互いに語り伝えられるようにしたいのです。
聖餐への招き~母モニカの言葉
今日の礼拝で、私たちは聖餐に与かりますが、アウグスティヌスの母モニカは亡くなる前に「主の祭壇の前で私を覚えなさい」と言い残したといわれます。私たちが聖餐において主イエスに出会い、主ご自身を受け取るのなら、主に連なっているはずの多くの先達たちにも、間接的に出会います。そして私たち自身に主のいのちを受けて、新しい一歩を踏み出して行きたいと思います。おわりの祝福
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 アーメン。(2000年10月8日 聖霊降臨後第17・宣教75周年記念主日礼拝)