「読書会ノート」 平野啓一郎 『日蝕』 新潮社

平野啓一郎 『日蝕』 新潮社

川上 範夫

 

本のページを開いてまず驚かされるのは擬古的というのかその特異な文体と見たこともないような難しい漢字の羅列である。併し、その難解さに耐えながら読み進むうちにいつしか中世ヨーロッパの暗いカトリックの世界に誘なわれてゆく。

物語は主人公の神学僧ニコラの回想で進められてゆく。時代は15世紀後半である。パリ大学で神学を学んだニコラが旅の途上南仏の小さな村で遭遇した錬金術師と両性具有者(アンドロギュノス)についての異様な体験である。錬金術師というと私共はいかがわしい魔法使いを想像するがここでは物質の本質を探求する崇高な人物に描かれている。一方、両性具有者は森の奥深い洞窟に住む男と女の合体したグロテスクな生き物である。そして錬金術師はこれから何かの力を得ているようなのである。

この他、酒色にふける堕落した司祭、カトリック正統派の異端審問官などの人物描写をおりまぜながら話は進行してゆく。併し、それだけなら単なる怪奇小説で終わってしまうのだが話は意外な進展となるのである。この村に突如原因不明の疫病が発生、死者が続出、更に豪雨と異常な冷害が続き作物の収穫は絶望となる。その様な危機状態の中で魔女狩りが起り両性具有者は捕えられて焚刑に処されるのである。焚刑の状況描写は微に入り細にわたり臨場感溢れるものである。ところが、両性具有者が燃えさかる焔の中でのたうちまわるその時、雷鳴が轟き太陽はゆっくりと黒いかげに浸され始めそして全ては闇となる。日蝕が起こるのである。村人達は錯乱状態に陥る。ここで話はクライマックスをむかえる。

さて、この作品に対する読書会での評価は必ずしも高くはなかった。併し、私は著者は天才だと思う。彼は23才の大学生でキリスト者ではないようだが、キリスト教の本質に迫る記述が随所に見られる。題材を中世ヨーロッパに求めつつも現代に対して鋭い問題提起をしているのである。私共はあまりにも理性的合理的世界に暮らしている。併し、時には彼が描いた混沌で難解な世界へ自分を放り出してみることが必要なのではあるまいか。

まずはこの本を読み幻想の世界へ迷いこんでみることをおすすめしたい。

(99年 9月)