ヴィクトル・ユーゴー 『レ・ミゼラブル』
鈴木 元子銀の燭台とジャン・バルジャン、誰もが〈知ってるつもり〉の「レ・ミゼラブル」文庫本で計2500ページの大作である。
ミリエル司教を通してはじめて神の愛に捕えられたジャン・バルジャンは、生まれ変わって善行を重ね、名を変えて世に尽くすが、なおも彼を徒刑囚としてつけまわす一人の警部ジャベールが居る。人を助けて身分が暴露し、また捕えられるが、労役中に海に転落したジャンは生きのびて、憐れな孤児コゼットをわが娘として渾身の愛を注ぎ、パリの一隅に隠れ住む。やがて美しい娘となったコゼットは、計らずも富豪の孫、弁護士のマリウスに見初められる。
時に起こった共和党の暴動に身を投じたマリウスを密かに追って砦に来たジャンは、そこにスパイとして捕えられているジャベールを見た。ジャンは彼の処刑を引き受けたと見せかけて、巧みに逃がしてやり、一方瀕死のマリウスを助けて下水道を潜りぬけ、彼の邸に送り届けた。途中に待ち伏せていたもののジャベールがさすがにジャンを捕え得ず、姿を消す。マリウスの生還に狂気した祖父は、彼とコゼットとの結婚を許す、が、喜びに湧く婚礼の場から、ジャンはひそかに身を引いていった。
やがて命の恩人がジャンであることを知ったマリウスは、始めて地上の法を超える至高の境地を知った。孤独の苦しみに身も衰えて臥すジャンは今、駆けつけたコゼットとマリウスの姿に最後の命を輝かし、至福の思いに満たされながら、天国へと旅立っていった。
この大筋に肉付けしてユーゴーは、多数の人物を通して豊かな思想を披瀝している。肉親の情の深さや、地上の法の権化でもあるジャベールに、ジャンから受けた愛の前に絶対と頼む自己の支柱が崩壊し「自分には神という上官が無い」と心に叫んでセーヌに投身する結末を与え、また清廉だけでは人に大切な要素の欠ける例を示し、「二人とも愛し合いなさい。世の中には愛し合うということより他には殆ど何も無い」と臨終のジャンが残した言葉が、即ち、ユーゴーの究極のメッセージなのであろう。終わりに作者の言葉をここに今ひとつ。
「パンが無くて死の苦しみをする身体よりも一層悲痛なものが何かあれば、それは恐らく光明に飢えて死ぬる魂である」