たより巻頭言「新たなページ」 大柴 譲治

「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」 (コヘレトの言葉3:1)

1925年10月4日に路帖神学校の中で始まった私たちの教会の歴史は、この10月から宣教84年目の新しいページを開くことになる。9月末に待望の牧師館・集会室が完成し、10月初旬には牧師とその家族が入居することが決まっている。消えていた灯台の光が再度点火されるような思いを持つ信徒は少なくないであろう。改めて、ここに至るまでの歴代の役員を中心とした多くの方々の祈りとお支えに感謝したい。既に天に召された方々も、主のみ国において共に喜んでくださっていることと思う。

振り返ってみると、1995年の教会の増改築(屋根の改修、集会室・台所の増築)、2005年の教会の耐震補強工事(会堂改修と牧師館の撤去)、そして 2008年の牧師館・集会室の新築と教会の改修(エレベーターの設置等)と三期に渡り、準備期間を入れて17年以上の歳月をかけて教会のB領域(ビルディング/建物)が整えられてきたことになる。これを用いてA領域(アクション/宣教と奉仕)とC領域(コミュニティー/交わり)がさらに深められてゆくことが期待されている。9月7日の礼拝後には、交わりを深めるためにもこれからの教会像を探るためにも信徒交流会が開かれた。参加者の声は様々であったが、礼拝をどこまでも中心に大切にするむさしの教会の信仰的に成熟した姿勢が明確に浮かび上がってきたように思う。

礼拝(Service)とは、私たちの行為であるよりも先に、その独り子を捧げてくださった神が私たちに奉仕してくださる出来事である。ステンドグラスに描かれた羊飼いキリストのライヴと言ってもよい。そこにおいて私たちは、時計で計量可能なクロノス(時間/歴史)の流れの中にあって、神のカイロス(時)を知るのである。私たちは神からの息吹を、永遠の今を、キリストのご臨在を味わうのだ。どのような困難な時にも神は私たちを見捨てず、私たちと共にいてくださる。神は愛。愛は神。闇の底にもその光は届いている。神のなさることは皆、その時に適って美しい。

9月28日(日)の午後2時、私たちは新牧師館・集会室の完成祝福式を行う。主なる神がこのむさしの教会を通して、そのあふれるほどの恵みを今も私たちに注いで、ここに救いの歴史の新たなページを開いてくださることを共に喜び祝いたい。神の民としてこの教会の交わりに集うことが許されている恵みに感謝したい。然り。ただ神にのみ栄光がありますように!

(2008年9月号)