たより巻頭言「太初の記憶」 大柴 譲治

「わたしはあなたを母の胎内に造る前から
  あなたを知っていた。
  母の胎から生まれる前にわたしはあなたを聖別し、
  諸国民の預言者として立てた。」
 (エレミヤ1:5)

子供は1歳ぐらいまでの間に両親、特に母親との関係の中で人間に対する基本的な信頼感を培われる。それに失敗すると基本的な不信感を持つという。これは乳幼児発達心理学で有名なエリック・エリクソンの洞察である。エリクソンは人間の一生を自立と成長のプロセスと考え、それを八つに分けてそれぞれの時期に課題があると考えた。人生のピンチは自立と成長のチャンスであり、チャンスはまた依存と退行のピンチでもある。現実の課題と取り組む中で私たちは一人の人間として成長してゆく。特にその最初の四段階を人生の最初の時期に置いたことは、いかに私たちにとって乳幼児期が大切であるかを示している。

  0- 1歳頃   基本的信頼 ⇔ 基本的不信
  1- 2歳頃   自律性   ⇔ 恥と疑惑
  3- 4歳頃   自発性   ⇔ 罪
  7-11歳頃   勤勉性   ⇔ 劣等感
思春期-20歳頃   アイデンティティー ⇔ アイデンティティー混乱
    成人初期   親 密   ⇔ 孤 立
 出産期-中年期   生 殖   ⇔ 停 滞
    -老年期   統 合   ⇔ 絶 望

自分の人生を振り返る時、確かにこれらのプロセスを行きつ戻りつしながら歩んできたことに気づかされる。自分の中には様々な相反感情が同居している:不信と信頼、恥と誇り、劣等感と優越感、自己同一性の不確かさと確かさ、孤独と連帯感、恐れと喜び、絶望と希望、等々。それら一つひとつはこれまでの人生体験の中で培われてきたものである。エリクソンの洞察の優れた点は、人を他者と向かい合う対話的な存在として温かいまなざしで見ているところにあると思う。人間は「我と汝」という人格的な応答関係の中に生を受けている。だからこそ応答する存在を失った時に私たちは深い悲しみを味わうことになる。

エリクソン説に付加したい一点。誕生前の記憶である。母胎にあった時、私たちは母と「へその緒」という太い絆で結ばれていた。そしてそれ以前にも…。太初の記憶を辿ってみると私たちは、エレミヤの語るように神との絆の中に置かれていたのだ。そしてこの世の生を終えた後に私たちが帰ってゆくのも、やはり太初から存在していた「永遠の汝」との太い絆なのである。

5/31、ブーバーとシェーラーの研究家でもあった榎津重喜神学生が一年余の闘病生活を終えて白血病のため天に召された。享年50歳。ご遺族の上に主の慰めを祈りたい。天にあって榎津さんは今、「永遠の汝」の確かな呼び声を聴き取っているに違いない。See you again!

(2005年6月号)