季節を重ねる毎に、一年の過ぎゆく長さと儚さの悲哀をより深く感じるこの頃である。人の年齢分の1を一年と認識するなら一歳の、二十歳の、四十歳のそれは自ずと違うものであろう。思い起こすと幼少期の体験は、今とは例えようも無く新鮮だった。そこかしこに「未知との遭遇」があり、そのどれもが、喜び、怖れ、驚きに満ちていた。
現在はどうだろう。今日遭遇する事柄の多くは、昨日までと同じうぇ既知体験が圧倒的な数を占めている。と、感じる自分がいる。「今ここ」にあるかけがえのない人生の一コマ一コマを「経験知」というカッターで都合良く切り刻み、人生のフィルムを短く編集しているかの如く。本当は今日出会った、あの人も路傍の花も、神様がくれた積み重なっていく“小さな奇跡”の一つひとつかもしれないのに。(や)
(2014年9月号)